リュクサンブール公園で妹と待ち合わせをした時のこと。いつもの癖で、私は約束の時間につい遅れてしまいました。勿論彼女は"リュコLuco"(リュクサンブール公園)のいつもの場所(入口の左側にある最初のベンチ)で待っていてくれたのですが、ここでは女の子はあまり長い間、一人で腰かけてはいられません。男の子達に声をかけれらるので……。まったく、パリの男達ときたら!

ここを二人で散歩するのは本当に久しぶりです。公園の真ん中にある池に向かって歩いていると妹は数ヶ月前までこの池の横で必至で勉強していたことをなつかしく思い出したようです。努力が実って、彼女はカペスCAPES(リセの教員資格)の試験に見事合格しました(試験を控えたあなた、ここで勉強すれば良い結果が出るかもしれませんよ)。そんな妹が語る、ソルボンヌの学生時代。「問題が山積みだったわ。座席も先生も足りなくて。設備も充分にないし……」

 

 私もソルボンヌで学び、応用外国語(ドイツ語と英語)の修士号を取りました(ご存じのようにフランスの大学はほとんど無料のうえ、入学試験もありません。"bac"バカロレアさえ持っていれば、あなたも大学で勉強できるのです。収入の多寡にかかわらず学ぶことのできるこのシステムを、私達は誇りに思っています)。しかし、当時の私もやはり同じような不満を抱えていました。

1986年、授業登録料値上げの政府の動きに反対して行われた学生達の抗議活動が思い出されます。少なくとも1ヶ月の間、講義はありませんでした。学生達は階段教室を占拠し、実行委員会を組織、古き良きソルボンヌで眠り、ビラを配り、そしてブール・ミッシュBoul'Mich(サン・ミッシェル通り)の大規模なデモを計画しました。1968年5月にカルチエ・ラタンを中心として全国的に広がった学生デモほどではないにしろ、この時ちょっとした革命の風が吹いたのです。革命的精神旺盛な私としては、積極的にストライキに参加もし、支援もしました。学部の友人達からリーダーにと推されもしましたが、それは断りました。束縛されるのは好きではないので……。そのかわり、デモ行進には何回か参加しました。くたくたに疲れたけれど、お祭り気分で少しばかり息抜きができたことも事実です。過激なスローガンを叫び続けて声をからし、靴底をすり減らした後で、デモ仲間達と飲む一杯のコーヒー。これぞ、デモの醍醐味です。印象的だったのは、皆の溢れるばかりのクリエイティヴィティー。スローガン、プラカード、歌……。あらゆる手法が活用されました。ちょうどその頃にパリに来た友人のドイツ人をソルボンヌに連れて行ったとき、彼はその雰囲気に圧倒され、ほとんどの講義が行われていないという事実に呆然としていました。フランスでは頻繁にストがあります。これは果たして良いことなのでしょうか?それとも悪いこと?皆さんはどうお考えになりますか?



 話をリュクサンブール公園に戻しましょう。私達はメディシスの噴水Fontaine Medicisにたどり着きました。ここにもまた当時の想い出が……。ほの暗くて、ロマンチックで、喧騒から少し離れたこの場所は、恋人達には理想的。私もよくデートしました。この噴水だけでなく、園内の他のベンチで彼の甘いささやきを耳にしながら数時間を過ごすのも、勿論大好きでしたけれど……。

公園の反対側にも行ってみましょう。人々がチェスに興じるさまを眺めることができます。それを教えてくれたのは、毎日ここでチェスを楽しんでいる私の叔父。リュクサンブール公園のすぐ脇に住んでいた彼の所に、私はよくお昼を食べに行っていました。昼食後、叔父は公園で軽く何ゲームか楽しむ楽しむのが常でした。公園のこちら側には田舎風の趣があって、時がゆるやかに流れ、誰もがのんびり生きているように見受けられます。学生から老人に至るまで、世代や階層や国籍を越えて、人々はここで出会い、そして自然な形で交流しているのです。



 さあ、思い出に浸る散歩に別れを告げて、今度は妹とソルボンヌ広場Place de la Sorbonneのカフェにやって来ました。この広場にある何軒かのカフェは、私達のお気に入りの隠れ家。友達と仕事をしたり、お昼を食べたり、お喋りしたり、議論に花を咲かせたりしたものです。お茶を飲んだら、次は映画。ソルボンヌのすぐそばのシャンポリオン通りRue Chanpollionに小さな映画館があります。妹に日本映画の手ほどきをしましょうか。『砂の女』を見ることにします。ソルボンヌに通っていた頃は、頻繁に映画を見ていました。カルチエ・ラタンにはあらゆるジャンルの映画を上映する小さな映画館が、至る所にあるのです。パリではとても気軽に映画を見ることができます。私など、少なくとも週に2回は通ったものでした。

残念なことに、東京ではパリほど気軽に映画を見るというわけにはいきませんから、映画館からすっかり足が遠のいてしまいました。カルチェ・ラタンの文化的で知的な雰囲気がなつかしい……。学生達に最高の環境を与えてくれる街でした。ソルボンヌ、リュクサンブール、本屋、映画館、そしてカフェ……。一歩そこに足を踏み入れるだけで、すべては私達の思いのまま。カルチエ・ラタンはそういう街なのです。

vol.3   16区 保守と伝統の黄金地区
vol.2   カルチェラタン スト、映画、デート……懐かしい学生時代
vol.1   シテ島 永遠の美に魅せられて