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| 16区の独特の気風――BCBG(Bon Chic Bon Genre)――やNAP(Neuilly-Auteuil-Passy)のことは、皆さんよくご存じですね。若い女性は、必ずと言ってよいほど真珠のネックレスやエルメスのスカーフを身に着けています。パリジェンヌは専ら黒を基調とした服装を好みますが、16区ではマリン・ブルーが基本の色。貴族や資本家、高級官僚などが多く住むカルチエですから、互いに礼儀正しいお付き合いを欠かさず、カトリックを信仰し、伝統を重んじ、保守的な政党を支持する、という具合に、良きにつけ悪しきにつけ、慣例を尊重するのが16区のライフスタイルです。 16区の趣味の良いアパートメントや優雅なマダム達は、とても素敵だと思います。けれども残念ながら、私はこのカルチエにあまり親しみがもてません。ここには母方の祖父母が住んでいますので、小さい頃からよく知っています。それでも、この街には何となく馴染めないのです。 祖母は典型的な16区のマダムです。整った服装、丁寧な言葉遣い、そして正しい振る舞いを、絶えず心掛けています。彼女の家では厳しい規則に従わなければなりません。まずは正しい礼儀作法から。特に食事時のマナーは厳格です。椅子の背にもたれてはいけない、テーブルに肘をついてはいけない、料理を取るときは左からサーブする、ナイフとフォークをお皿に載せるときは必ずナイフの方を上にする、等々。祖母の家で妹と昼食をする時に、彼女は口を酸っぱくしてこう繰り返したものでした。「フォークの方を口に運びなさい。口をお皿に近づけるのではありません」。欧米と他の国々とでは礼儀作法が異なることがおわかりいただけると思います。アジアでは全く逆に、お茶碗を口に近づけて食べますものね。私は生まれながらの反逆児ですから、規則に従うのが時々イヤになり、祖母と口論したこともありました。実際、バカげているとしか思えない規則もたくさんありましたし……。けれども、時が経つにつれて私も大人になり、物事を別の角度から捉えられるようになりました。祖母は今年で80歳になります。その歳にはちっとも見えません。相変わらずエレガントできちんと身だしなみを整えています。そんな彼女の年の功を認めて、敬えるようになったのです。 16区というとすぐに思い浮かぶのは、特徴のある服装、伝統、保守主義、そして高級住宅地であるということ。 BCBGのお好みはマリン・ブルーかベージュ、そうでなければタータン・チェック。ローデン(アルザスなどで作られる厚手のウールのコート)、白いブラウス、そしてプリーツスカート、という上品な英国風の装いが定番です。面白みも、オリジナリティのかけらもありはしません。飽くまでも古風な英国スタイルを固持することに徹し、明るすぎる色や奇抜な格好は御法度です。 街なかでも人々は慇懃な態度を崩さず、度を超した行為に及ぶようなことは決してありません。16区のリセは評判が良く、カトリック系の私立学校もたくさんあります。大半の人はフィガロ(保守系の新聞)を購読しています。フランス全土で教会に行く人がどんどん少なくなる傾向にあるにもかかわらず、このカルチエの教会は、日曜日には信者でいっぱいになります。 16区の住人は内輪の交流を好みます。少年少女は親がお膳立てをしたフォーマルなソワレ"ラリーrallyes"で出会った相手と遊んだり、ダンスをしたり……つまり自分達だけの世界の中で生きていくのです。 自宅で食事会や何かの催しを開催するにあたっては、一家の主婦が全責任を持ってオーガナイズするのが16区流。他のカルチエでは、お菓子とかワインとか、分担を決めて持ち寄るのが普通です。 他のカルチエのカジュアルなソワレと違って、"rallyes"では女性はロングドレスに身を包むのが習わしです。この会に参加するためには、メンバーの紹介が必須条件。実のところ、この会の隠れた目的は、子供達に交際の機会を与え、それぞれの家にふさわしい相手との結婚を親がそれとなく準備することにあるのです。つまり、結婚相手も同じ上流階級に属していたほうが都合がよいわけですね。言うなれば、相手をある程度自由に選べる<お見合い>のようなものです。"rallyes"での出会いが結婚に結びつくことが多々あることを考えれば、この会はまず成功を収めていると言ってよいでしょう。 家族の間でいまだに"vous"(「貴方」という丁寧な言い方)を使って話す――特に子供が親に対してvousを使う――家庭が16区の主流を占めるのも特筆すべき点です。19世紀のこういう風習が今でも根強く残っているのは16区だけで、他の家庭では"tu"(家族・友人などの親しい間柄や、子供に対して用いる表現)を使います。同じく16区気質の表れの一つとして、ここの住人の多くが住み込みの使用人を雇っていることが挙げられるでしょう。大半はオペア(仏語を学ぶために滞在している外国人女子学生)で、彼女達が住み込みの使用人全体に占める割合は増える一方です。 16区には広々とした空間が至るところにあり、私を和ませてくれます。並木に縁取られた大通りや、広大なブローニュの森。ボートに乗りに、友人と時々この森に出かけます。日曜日ともなれば新鮮な空気と緑を求めるパリジャンで一杯になります。ジョギング、犬の散歩、乗馬、そして家族団欒の語らいのひととき……。けれども私がこのカルチエに住むことは決してないでしょう。この街には、様々なものが入り交じって醸し出す雰囲気もなければ、オリジナリティもありません。私にとって16区は、生活の場にはなり得ないのです。
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